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第3回 営業マンをデジタル化すればコストは下がる


●印刷営業は営業にあらず
 営業という言葉を使うとき、ただ単にモノやサービスを売るという意味ではない。一般にモノやサービスを売るときは販売という。営業といったときにはこちらの方から働きかけるというニュアンスがある。マーケティングの手法としてメディアなどを使って働きかけるということではなく、人間が能動的に働きかけるということであろう。
 印刷会社でも販売担当者は営業と呼ばれる。印刷会社は一般に受注生産であるから、最終成果物である印刷物と同時に、品質や納期などのサービスを売っているわけである。町中で活版や樹脂版を使って簡易な印刷物を作っているところとは別として、商業印刷物を中心に営業しているところは、一般消費財などとは違って受注単価が高く、平均受注単価は数万円から数十万円となる。単価の高いものを売るには販売方法を工夫するか、販売担当者を専任にするしかない。
 ところで営業といっても、受託販売の場合と受注生産の場合とはその役割は全く違う。受託販売では、売るべき商品は決まっており、営業マンの仕事は目の前にある割り当てられたモノを売ることである。売れるか売れないかは営業マンでだけでは決まらない。売れるが売れないかはマーケティングの手法にもよるし、商品自体のバリューがあるかないかや販売価格なども関わってくる。
 受注生産では決まったモノを売っているわけではなく、顧客の要望に応じて作っていくのであって、商品の価値は必ずしも最終成果物にのみあるわけではない。むしろ印刷物を作っていく過程のなかでの対応の善し悪し、納期への信頼性、価格の柔軟性などが求められる。出来上がった印刷物の品質が顧客の要求するものよりも劣っていることは問題外とても、印刷物を作る過程に対しても品質を要求されているわけである。
 そうすると顧客満足度というのは顧客が手にしたものだけでなく、印刷物を作る過程に対しても満足させなければならないことになる。顧客を満足させるもっとも重要な顧客とのリレーションのみといってもいい過ぎではない。納期にしても価格にしても顧客との関係、つまり人間関係がしっかりできてさえいれば、多少のギャップがあってもコミュニケーションでカバーできる。
 一般に商品が高額になればなるほど、リレーションは重要度は上がる。車や家などの高額な商品を販売するトップセールスマンの自伝などを読むと、いかに客との間で信頼されるリレーションを作り上げたのかということが記されており、受注のほとんどがこれらの信頼された客からの紹介によって発生していることがわかる。
 受注生産ではこうした顧客、とりわけ発注担当者との人間関係を潤滑に進めることによって営業は成り立つのであるが、印刷営業の特異性を上げるとするのであれば、営業といいつつも実は同時に生産にも関わっていることにある。これは印刷物というものの品質や内容を決定するのに文字校正や色校正が必要となるため、営業マンがそれらをフィックスしなければならないためである。営業マンの品質に対する意識が低いと確実に商品である印刷物の品質も低下する。印刷や製版のあるいはDTPの現場とのキャッチボールは営業マンが行うのであって、このキャッチボールが十分ではないと顧客の要求は満たされない。
 印刷営業での営業マンの役割は、販売することではなく、顧客とのやり取りのなかで顧客(発注者)を満足させ、そのうえで次回も引き続いて発注を継続させることにある。そういう意味では印刷営業は売り込みにいく営業マンとはいえないのである。



●避けて通れぬ営業のデジタル化
 DTPが主流になっていくと、営業マンがデジタル化していかないといけないことは明かといってよい。
 もともと印刷会社で営業するということは、印刷の知識のみならず、版下や製版の知識も要求された。もちろんオペレータしてのスキルは必要ないが、印刷物を作り上げていくワークフローや版下や製版や実務的な知識は必要であった。というより、そういう知識がなければ、印刷営業マンとしては実務の仕事はできず、営業としては全く役に立たないといってよい。営業として受注活動は必要だか、それはあくまでも実務レベルが及第点に達してという前提を満たさなければならない。印刷会社でも大企業になると分業化が進み、印刷営業マンが受注に専念できるように、営業マンが担当すべき版下や製版も専任のサポートが責任を持つ会社もあるが、一般的には製版フィルムの下版までは営業担当の受け持ちとなっている。印刷営業マンとして版下の指示や製版の指示がひととおり読みこなすことができなければ、適切な工程を組み、顧客にタイムリーにネゴすることは困難である。色校正のチェックバックも加工工程の段取りもすべてを「会社に戻ってから、連絡します」では全く機動性を発揮することしかできない。これでは顧客に安心して仕事を任してもらうことは難しいだろう。
 かつて(いまでも)印刷営業が、印刷の前工程の知識を専門職として身に付けているように、DTPの時代にも営業マンがデジタルデータをフィルムに出力するためのスキルやノウハウを、せめて知識として身に付けなければならないのは論を待たない。
 デジタルの皆目わからない印刷営業がデータをやり取りすることはいえば、印刷見積ひとつできない営業マンが印刷物の受注をもらうようなものであろう。なにも顧客先で即座に見積をする必要はないとしても、いざとなればその場で印刷見積ができるだけの能力がなければ、印刷営業としては失格である。製版の指示ひとつにしても営業がその指示漏れや、別原稿や入稿ポジを確認せずに会社に持ち帰れば、次の工程に回す前に原稿指示を電話で確認する羽目になる。あるいは再度入稿するためにとんぼ返りをする羽目に陥る。こういったことを続けることは、明らかに顧客の信頼を失う行為である。
 デジタルになって、営業マンがデータの内容を確認することができなければ、その営業マンは営業ではなく、ただのメッセンジャーボーイ(あるいはガール)でしかない。オフセットの印刷物ではたいてい発注額は何十万円以上にもなるのであって、そういう高額の発注にただのメッセンジャーボーイが担当していて、果たして顧客は満足するというのであろうか。もちろん会社としてバックアップ体制は取ることができるが、そのことは顧客にはほとんど伝わらないといってよい。発注担当者が求めているのは、あくまでその営業担当にまかせて満足する結果が得られるのかという安心感なのである。
 また同時に営業マンがデジタルに不勉強なために生じるフィルム出力における生産現場でのロスは極めて多大である。入稿段階でいくらかのチェックと確認ができないために、差し戻しをされるデータは少なくない。あるいは再出力を余儀なくされるデータも珍しくはないのである。これらは営業マンがデジタルデータの知識を、とりわけフィルム出力のための正しい知識を身に付けることで、その多くのロスを軽減することが可能になる。
 だから、営業マンがデジタル化に対応するためにコストがかかっても、そのことで入稿したデータがスムーズに出力できるのであれば、印刷会社や製版会社のフイルム出力のためのコストは確実に下がる。営業マンをデジタル化すればプリプレスの生産性は間違いなく上がり、コスト下がるのである。



●リエンジニアリングよる営業の役割
 リエンジニアリングとは業務フローの再構築をいう。具体的にはコンピュータを使っていままで分業化されていた作業工程やチェックシステムを統合化し、ワークフローを簡潔に構築し直すことである。そしてホワイトカラーの生産性を上げることを目指す。
 DTPもコンピュータを使ってプリプレスの生産性を上げるので、リエンジニアリングと呼べなくはない。DTPを導入することでいままで分業化していた工程を統合化して作業を進めているのであれば、そのDTPはリエンジニアリングといって良い。
 DTPは本来、印刷までの全ての工程を分業化せずたった一人の手で行うことが可能なのである。そして分業化しないことで以前より生産性は上げることができる。いまでもモノクロのプリンタで出力するものを最終成果物とするのであれば、そうしたローエンドの印刷物は十分にリエンジニアリングされているといえるだろう。
 しかしオフセット印刷でフィルムを出力するものは、DTP本来の役割を果たしているとはいえない。オフセット印刷といったハイエンドなDTPはいまだ分業化のワークフローを踏襲しているDTPといっても、版下の代用としてMacintoshが使われているにしか過ぎない。確かに作業方法は変わったものの、ワークフローは再構築されてはいないのだ。
 商業印刷では印刷とそれ以後の加工といった部分をデスクトップで行うことはいまはできない。いつかはポストプレスもボタン操作のみで一貫して行ってくれるマシンが登場するかもしれないが、いまのところオフセット印刷の技術のスケジュールにはのっていない。当分は印刷とそれに伴うポストプレスを行うには、専門の業者、すなわち印刷会社の存在を抜きにしては考えられない。したがって統合化できる部分は、印刷以前の工程、プレプレスのみである。
 しかしプリプレスといっても印刷物を作るためにかけるコストは様々であり、その方法も発注者が自ら制作するもの、制作会社が委託されて行うもの、印刷会社が委託されるものなどによって形態が異なる。印刷会社が社内で行う場合は、ワークフローを再構築して生産性を上げるように組み立てることは比較的容易いが、それ以外はデータを入稿することになり、入稿の形式をパターンすることが難しく、従来のように分業化のフローを踏襲せざるを得なくなる。入稿するデータに信頼が置けない以上、それをチェックする工程が必要になる。それでは版下がデータに変わり、いままでのレタッチの工程をチェック工程に置き変わっただけである。出力前にデータをチェックしていると、はっきりいって生産性は全く向上しない。しかも他人の作ったデータをチェックし出力できるデータに作り替えるのはたいへん骨の折れる作業である。データを作り直すことで誤って不要な部分に手を入れてしまったりすると、再出力しなくてはならず、また、入稿時に必要な欧文フォントがなかったりすると、必要なフォントを入手できるまで待機することになってしまう。こういったロスはたいへん大きい。
 こうした不完全なデータを出力の水際でチェックしないようにするには、完全なデータの入稿しかない。しかし、一般に印刷知識のないデザイナーやオペレータにそれを要求するのは無理だろう。不完全なデータの入稿を防ぐには、営業マンがデジタルデータのエキスパートになることしかない。顧客や制作のデザイナーやオペレータに常時接しているのは営業マンだけであって、この営業マンがデジタルデータの作成について理解していれば、完全なデータを出力の現場に渡すことは難しくはない。営業マンは先方のMacintoshのシステムだけでなく、DTPシテスムについても熟知できるので、出力時に問題となりそうな部分をチェックすることができる。そして、データの不備があっても、営業がチェックし手直しを行うことは容易いことなのである。
 営業マンがどのようなデータでも出力できるようになれば、入稿後はワンステップでフィルムにすることが可能になる。こうしてこそ初めてDTPによるリエンジニアリングと呼べるのである。



●販売職から技術職へ
 印刷の営業マンがDTPの専門職として確立していくには、営業マンの教育や育成が今後の課題になる。
 とはいえ現在のワークフローを変えないで、DTPを導入してもある程度のコストダウンは可能だし、出力の専門的なことは出力の担当者が把握しサポートすればいいではないかという声も聞こえてきそうである。
 しかしながらプリプレスで発生するコストの大半は機械設備ではなく、人件費といってよい。だからドラスティックにコストをダウンさせるには、受注したひとつの仕事に対する作業時間を大幅に減らすことしかない。作業工程がそのままでそれぞれに担当者がいれば、作業時間そのものよりも、仕事の受け渡しのコミュニケーションに多くの時間が割かれ、従来と同じように「人件費」は発生する。レタッチが出力に変わっても、レタッチという「人件費」が出力という「設備償却費」に変わってだけで、作業全体から見れば大きなコストダウンはありえないのである。
 本来DTPに求められるのは、単なるコストダウンではないことを肝に命じなくてはならない。原価構造を変革させることで、いままでにない価格で印刷物を提供することである。従来のように市場価格や得意先の予算に合わせて販売価格を決定することではなく、コストを一気に革新することで、市場価格を大きく下回っても販売しても利益を生みださなければならないのである。
 現状ではワークフローの変革は営業マンでしかできない。営業マンを教育し、DTPのプロフェッショナルとして一人前にするには当然コストが必要となる。といっても三ヵ月なり半年なりオペレータとして作業をさせれば、デジタルに対応できるかどうかの適性は判断できるので、研修コストといってもそれほどではないだろう。ただ、多くの印刷会社がOJT(On the Job Traning)と称して、十分に研修をさせないうちから営業回りをさせているのが現状なので、研修しなければ印刷営業として使えないとすれば、それはひとつのハードルであることは確かであろう。
 また研修コスト以外にも、営業マンが入稿したデータをチェックしたり訂正したり、あるいはハガキや封筒などの簡単な印刷物を自ら作成するとしたら、営業マンといえども専用のDTPシステムが必要になる。そのためには作業スペースは必要となるだろう。こうした費用は、営業マンに支払われる人件費から見ればそれほど大きなものとはいえないが、抵抗を感じる向きもあるかも知れない。
 いずれにせよ、これから新しく作られていく印刷物の原稿のほとんどがMacintoshで作成される以上、印刷物の入稿はすべからくデータになる。そのデータの発注に際して、発注者が安心してデータを預けることができないと、データでの入稿は難しくなる。もっとスムーズにデータを処理できる他社の営業マンと競争になれば、発注は流れていくことになるだろう。発注のためのポイントは当分の間、営業としてのスキルよりも、技術職としてのスキルが要求されるようになるだろう。DTPの入稿については技術が確かであれば、販売(受注)は難しくないだろう。



●DTP営業マンをマネージメントする
 DTPの営業マンとして確立した場合、その営業マンは非常に高いレベルのスキルを身に付けているといってよい。こういう人材は印刷会社にとって両刃の剣と考えなくてはならない。会社で働くうちは立派な業績を上げる代わりに、止めるとなると担当する仕事を持っていくか、他の営業マンをつけてもいままでの信頼を取り戻すのには時間がかかるためである。
 印刷物の発注は昔から、企業と企業との取引であると同時に発注担当者と担当営業マンとの個人的なリレーションでもあった。したがって印刷会社の営業マンが独立すると、その営業マンが担当している会社の発注は根こそぎ持っていかれることがある。これは印刷会社だけではなく、受注生産をしている印刷業界周辺の業界には珍しいことではない。これは独立して仕事も一緒に持っていく営業に倫理感がないとということよりも、独立すると仕事を待っていかれるような人事管理をしている印刷会社の手落ちなのである。
 DTPの営業マンがその技術によって発注者によって信頼を得ているのであれば、以前にも増して印刷営業マンの独立は容易くなるだろう。得意先に入り込んでしまえば、仕事は印刷会社ではなく担当営業マンに発注されるのである。
 こうした事態を招かないようにするには、DTP営業マンのマネージメントは不可欠になる。もちろん営業マンのマネージメント以前に、取引が個人と個人とのリレーションになかないように企業同士のリレーションを形成していかなくてはならない。そして営業マンが技術的なサポートを十分にうけて、専門的なスキルを活かせるようにバックアップしなくてはならないだろう。誰彼もが独立を望むわけではなく、安定したサラリーマンとして自分の能力を発揮したいと考える人の方が数は多いのである。
 そのためには、営業が技術職として評価されるように、社内での評価制度を誰にでもわかるように明確にしなくてはならないだろう。何を基準にして評価されるのかという判断基準を明らかにする必要がある。そして会社の発展が自分自身の発展であるようにしなくてもならない。そうしなければ、いくら能力のある人でもモラールもモチベーションも持つ事ができず、十分な力を発揮しないままで終わることになる。
 営業マンが専門の技術職として自分自身の仕事に誇りを持ち、積極的に取り組めば確実にプリプレスは革新され、作業時間は短縮される。そうすれば、利益は間違いなくはじき出される。そして販売価格を引き下げても利益が生まれるため、競争力は高くなマーケットを席巻することも可能であろう。
 営業マンをデジタル化してワークフローを簡潔にし、意欲さえ植え込めれば、プリプレスのコストは間違いなく飛躍して圧縮されるのである。




このコンテンツは1996年10月24日〜26日に書かれたものです。

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