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<< 第3回

第4回 デジタル化でマーケット構造は大きく変わる


●大企業は儲からない
 かつて上場しているある半官半民の大企業の営業を担当したことがある。その企業は国の政策で事業を行っているので、ほぼ独占的な市場を握っており関連会社も多い。当然印刷物を多くあるが、さすがに半官半民なので発注はすべて役所と同じで競争見積である。
 私が担当していたときカラーの印刷物はだいたい6社の相見積であった。昼過ぎ頃に見積依頼書が各社のロッカーに放り込まれ、提出日時が指定される。たいていその日の夕方が見積の締切となっているのでその場で見積を提出することを要求される。夕方に集められた見積はすぐに照らし合わされもっとも安いところに発注が下される。急ぎの場合はその日に出稿されることになる。
 競合見積だから落札の基準は極めて低い。といっても納期のあまりにもないものや出稿担当者がうるさがたの場合はどこも高めに見積もりするので、高くても落札されることもあるものの、少し金額の張るものはこんな値段でできるのか、と思うような見積がでることもある。
 あるとき大手の印刷会社が政治力を使って見積に参入してきた。つまり見積指定業者になったわけである。その印刷会社の営業担当は当然はりきった。担当者にいちいちネゴしなくても値段が安ければ仕事はいくらでもとれるのである。くだんの営業マンは見積を落としまくった。
 しかししばらくすると、無理な価格で見積を落とすことはなくなった。安値をつけると仕事にはなったが、利益を出せないことに気がついたからである。一度安く見積ってしまうと、その印刷物の再版があっても当初の基準が当てはめられるため、最初に利益がでなければいつまでたっても利益を出すことができないのであった。製版の訂正代も出ないことはないが最初に安い単価をつけると訂正代をそれよりも高い単価で設定することは難しい。それに発注担当者は発注金額には裁量の全権があるわけではないので、見積を管轄している資材での最終チェックを通らなければならない。かくして仕事欲しさに受注をしていくと後で泣きをみる羽目になるのである。
 大企業では多かれ少なかれ印刷物の価格のチェックが仕事という担当者が存在する。こういう担当者はいかに安く仕入れるかが仕事だから、安く仕入れる方法を考える。安く仕入れるのは簡単で何社かに相見積であることを伝え見積もりさせるだけでよい。売上のノルマに追われた印刷営業は利益を忘れて受注するための見積を提出する。営業マンの仕事はとりあえず安く見積っても、受注したあと手練手管を使って利益を上げることを目的とする。しかしあまりにも安く受注すると利益を上げることはたいへん困難になる。
 どの印刷会社も大企業との取引を望んでいるので、受注競争は当然激しくなる。とくに一部上場している大企業であれば、まず倒産する危険はないし、金融筋に対しての信用も厚い。こうして大企業と取引したいという供給が過剰になると販売価格は否応でも下がる。大企業との取引はローリスクである分だけ、ローリターンなのである。
 もっとも私が担当していた半官半民の大企業でも抜け道があって、資材を通らない印刷物を受注する方法があって、そういうルートでは利益を十分上げることはできた。しかし、それでも売上のボリュームを追いかけると確実に利益率は下がるのである。だから大企業と商売しても販売経費や営業マンの人件費が出るかでないかで、儲かるということはありえないといえよう。



●デジタル化で進む内製化
 最近は広告の発注を内製化するケースが増えてきている。いわゆるハウス・エージェンシーである。今まで広告代理店に直接発注していた広告宣伝物を子会社の広告代理店に一括して請け負わし、そこから広告代理店に発注するのである。
 広告代理店といっても独占的なマーケットはTVのゴールデンタイムのスポットぐらいで、仕事そのものは特異なものではない。企画や制作にしても、印刷にしても請け負うところはいくらでもあるし、ハウス・エージェンシーのように仕事量の保証されているところでは事業として運営していくとは全く難しいことはない。
 といっても別会社となれば利益の追及は要求される。企業と広告代理店の間に入って算盤をはじくわけだから、制作費も印刷費も圧縮されることになる。
 印刷も内製化しようとする企業が今までもあったが、実際うまくいっているところはほとんどない。印刷を内製化しようとしても、印刷機を回していけるだけの仕事量を保証できるような企業はほとんどない。大きさや加工の方法がそのつど変わる印刷物をこなしていくのはたいへんである。
 印刷の内製化というとすぐに印刷機を入れて印刷機を回すことと勘違いして失敗するケースが多く、ブローカー的に手配師に徹すれば内製化は十分可能なのだが、いかんせん本音は社内の余剰人員対策だったりするので、社員に印刷の仕事をさせることを考えるため、うまくいかないことが多いようだ。印刷機を回すための営業と印刷物の営業とは全く性格が異なるということを理解していないのである。広告代理店は内製化するといっても人材次第なので、大手の代理店から有能な人材を引っ張ってくれば済むが、印刷は製版や印刷加工ではブラックボックス的な部分が多く、もともと素人である人間を印刷のプロにすることは不可能に近い。
 しかしデジタル化のおかげで今まで製版印刷業界の人間以外にとってブラックボックスであったところが白日の元に曝されるようになってきた。特に専門的な知識と長年のノウハウがものをいった製版が、それほど多くない投資と幾許かのスクーリングで誰でもが手にいれることができるようになった。DTPのシステムとイメージセッタを導入しても、製版の設備を導入することに比較すると設備費は一桁少ない。またPostScriptの出力も以前に比べて高速になりトラブルも少なくなっているので、リスクはさほど多くはない。
 だから社内の余剰人員対策を経営課題に上げているところは、ほどなくプリプレスの内製化に乗り出すと考えても間違いない。一貫して制作しフィルムを出力するだけであれば、専門的な知識は必要でも職人的なノウハウやスキルが必ずしもウィークポイントとはならないからである。専門的な知識ならほとんどオープンになっているので、後は実地にノウハウを積み上げていくだけでよい。
 プリプレスの内製化は印刷の内製化とは違って、低コストで社内の余剰人員対策になるので内製化が進むことになる。印刷物の種類が雑多で発注ボリュームの少ないようなところはアウトソーシングに向かうとしても、同じような印刷物を大量に作っているところ、つまり取扱説明書や定期的なカタログなどは、内製化するか子会社で作業するようになっていくだろう。



●そして発注はなくなった!
 内製化されなくても発注ボリュームの大きいものは海外にシフトする可能性は大きい。
 ここ数年海外で印刷するものが増えている。多くは製品そのものが海外で生産されるようになったため、製品にまつわる副資材や取扱説明書などを日本で印刷せず、現地で印刷しアソートするようになったものである。副資材的な扱いものは必ずしも日本で印刷しなくてもよいという認識が広がってきているのである。
 これは印刷の技術が世界的に均一化してきたことがある。最近の東南アジアの印刷技術の向上は著しい。東南アジアであろうと日本であろうと、使っている印刷機はドイツ製か日本製なのでハードウェアには大きな差はない。だから為替レートの大きく円安に振れないかぎり、海外の方が生産コストは安くなる。通信販売のカタログなどは明らかに海外で印刷製本したほうがメリットがある。
 ただ現状としてすぐに海外にシフトしていかないのは、色の再現性にある。「色」に対する品質は日本が世界一厳しい。世界的に見れば日本人の色に対する要求は過酷ともいえるもので、場合によってはCMYKのインキで表現できる範囲を越えていると思えることが多々ある。欧米にしても東南アジアでもオフセット印刷の「色」に対する要求は、日本と比べると非常に緩やかで、日本のように「色」を出すために三光も四校も行うということはない。また、それ以外にも民族差による色彩感覚の違いもあり、海外では日本で使う印刷物を印刷するには大きなハードルがある。
 日本で「色」に対して過大に要求されるのは、ひとつには商習慣にもある。欧米ではプリプレスに対する対価は作業時間でカウントされるが、日本では予算で縛られる。予算があって仕事が発注されるため、作業内容はどんぶり勘定に陥りやすい。受注した後の変更について十分なフィーを請求するという商習慣が確立されていないので、色校正の回数が増えてもその分は正当に請求できない。とくに通信販売のカタログなどボリュームの大きいものにその傾向が著しい。こうした過大に要求は製版のレタッチマンの残業となり、彼らの職人的な勘によってフィルムの濃度は調整される。
 発注者側は払う金額が決まっていることをいいことに、必要以上に色の再現性を要求する。そこまで「色」を追及しても、訴求効果のほどが変わるとはとても思われないというのに、下版までの時間があれば執拗なまでに「色」を要求する。
 これらの要求は予算が決まっているからということもあるももの、製版での「色」をつくる方法がブラックボックスであったことにも起因する。しかし、デジタル化されるとこうした微妙な「色」を再現するためにどれほどの手間を必要とするのかが理解されるようになる。またある程度は質のいいスキャンニングソフトの出現によって、ほぼスキルレスでスキャンニングできるようになるであろうから、「色」に対する過剰な要求は影をひそめるに違いない。スキャンニングを発注者側の制作部門やデザイナーが担うことになれば、「色」の調整にこだわり過ぎるのは、プリプレス工程のなかでそれほど高いプライオリティを必要としないことに気付くはずである。
 だから今はまだそれほどではないものの、デジタル化されることによって「色」への要求は甘くなる。書体に対するこだわりがデジタル化されたときにフッとかき消えたように、「色」に対しても必要以上のこだわりはなくなり、適正な品質でいいという認識に落ち着くはずである。
 大企業が内製化を推し進め、通信販売のカタログのようにボリュームのあるものは経済原理で発注されるようになれば、ある日顧客からの発注は全くなくなる時がやって来る。そういったことが日常的に印刷業界で起こることになる。そのとき特定の顧客への依存度が高い印刷会社は大きな危機を迎えることになるだろう。



●小口化のみが生き残る唯一の道
 ボリュームのある発注や顧客が、印刷会社のマーケットから去っていったとき、印刷会社に残された仕事はローカル・レスポンスを必要とする発注のみとなる。つまり発注金額の少ないもの、納期の短いもの、小回りの効かせた対応を必要とするもの、与信限度の小さいリスキーな企業からの発注などである。これらは印刷会社が本来の地場産業として生き残るしかないということを指している。
 印刷会社のなかには海外発注への橋渡しを行うところもあるだろうが、そういう企業はごく一部で大半は売上の大黒柱を失うか、失わなくても利益のでないまま営業を続けることを求められる。そういうなかでは大口の顧客や発注をあてにするのではなく、小口を発注をかき集めて、生き残る道を探らねばならないだろう。売上の小さい仕事でも数多くこなせば利益の確保は難しくない。
 いまでも地方の印刷会社は地場産業としての地位を確立している。ひとつの地位に数多くの印刷会社が林立しているわけではないので、多くはその地域でのステータスも高く、ローカルなエリアのなかで安定した営業活動を行っている。
 こうした地方ではマーケットのパイが小さく、印刷会社でもボリューム大きな発注はそれほど多くはない。と同時に地域に密着して営業を行うため、小口の仕事をかき集めている。同じような業容の大都市近郊の印刷会社に比べると、平均受注単価は一桁程度小さく受注件数はそれに比例して多くなっている。
 地方ではこうした小口の受注を集めるだけでなく、印刷物の大半は内製化していることが多く、粗利益率は非常に高い。もちろん内製化しているため、社員数は多く、粗利益のほとんどは人件費となってしまう。しかし、景気の波はあっても大きな変動で一撃をうけて致命傷をつくることはまれで、長期的には経営は安定してるのである。そしてこうした地方の印刷会社の方が経営者の危機感は大都市と違ってはるかに強い。だからデジタル化に対しての取り組みは素早く、タイミングを見計らって確実にデジタルにシフトしつつある。
 大都市部の印刷会社もこうした地方の在り方から学ぶべきところは多い。
 当然小口の仕事は手間のかかる割に利益額は少ない。それに営業するとなれば利益がでるはずはない。そうなると利益がでるようにするにはどうすればいいのか。利益を出すには営業の在り方を見直すしかない。
 大都市圏の印刷会社は一般に売上主義に走っている嫌いがあり、それなりの仕事さえあればたとえ車で2時間かかっても営業に赴く。本音をいえば儲かるのであれば、飛行機ですらチャーターしかねない。しかしそういう経費を含めた請求を顧客したとき、その請求に顧客が納得しているうちはいいものの、それがずっと続くという保証はどこにもない。担当者がが変わったり、経営者の代が変わると、発注そのものが見直されることになる。そうすると遠く足を運んでいる会社は明らかに不利であり、よほど特別な取引関係を築くか、ダンピングして安値で受注するしかなくなる。
 だから単純な原則でいうと、印刷会社は近くにあるほうが間違いなくメリットがある。仕事ありそうなところとの取引を考えるのではなく、立地のなかで取引を考える。営業所に近いところで仕事を集めるためにはどうすればいいのかを、考えればよい。近くにあれば小回りをきかせることは容易いし、営業マンにかかる人件費だって件数を増やせば低くすることが可能になるのである。そうすれば小口の受注を集めていくとは決して難しいことではない筈である。



●売上主義から利益額主義へ
 デジタル化のメリットは明らかにコストは下がることにある。正確にいうと工程を見直すことでコストを下げることは可能だということだ。
 コストを下げて販売価格を下げていったとき、小口化したマーケットは大きな可能性を持つことになる。いままでオフセット印刷の発注には二の足を踏んでいた小規模な企業でもカラーの印刷物を発注していくことが可能になるということである。印刷にかける予算がないか少ないために、カラー印刷をあきらめていたところや軽オフセットで我慢していたところが販売価格さえ折り合えば、印刷物の発注を増やしていくことは十分に予想できる。また、町中でショップ的に名刺やハガキなどの小口の印刷物を中心に営業していたところは、多くが後継者不足で店を畳んでいく。そうなると小口の印刷物の受け皿は別のところに求められるようになるだろう。
 エリアを限定していって小口の印刷物を集めていくときのメリットには、営業コストをあまり必要としないことのほかに、売掛金の回収にリスクが少ないということがある。顧客が小さな売り上げに手形を発行することはまずなく、場合によっては現金回収も可能になる。また発注が小口なので印刷ミスなどのロスが発生しても、大きな金額にはならないので、粗利益を圧迫するおそれもほとんどない。
 当然経理の管理業務は膨れ上がるが、全ての伝票操作をコンピュータで管理すればそれほど難しいことではない。これはパーソナル・コンピュータ用のデータベースソフトをカスタマイズすれば十分対応できる。受注ごとに売上と仕入れを簡単に入力するようにすれば、営業マンが入力することで経理データの全てを把握することは十分可能であろう。
 小口の発注を集めていくことの最大のポイントは、もちろん利益にある。利益率ではない、利益額である。このことは一見販売価格を下げてマーケットを広げることと矛盾するかに思えるが、利益額を追及しても販売価格が上がるということはない。つまり販売価格を安くするための前提条件さえ顧客に理解してもらえばいいのであって、それ以外に発生した作業はオプションとすればいいだけのことである。自ら手間をかけて支払を少なくしたいところには最低限の予算でサービスを提供すればいいし、さらに付加価値を求めるところには別途料金を請求すればいいのである。
 小口の受注のコストは制作も含むプリプレスの部分のウェイトが極めて高い。だから、コストをかけないような方法は工夫次第でいくらでも編み出せる。ハガキや封筒などのよな簡単な印刷物はデータの流用は簡単にできるし、そういったものは営業が制作することも可能である。
 営業の目標を売上額と利益率に置くのではなく、単純に利益額に置き、いくら利益額を稼ぐのかということを目標にしてノウハウを積め上げていけば、大都市でも半径1キロメートルというミニマムエリアでの地域密着型の印刷会社は存在しうる。もちろん1年や2年で地域に密着することはできない。しかし、いちどそのエリアで小口に対応していけば、小口といえども顧客は容易には離れることはない。地道に小口の仕事を積み上げていけば、売上と利益は確実に増すのである。
 最近はコピーマシンなどを使って印刷をコンピニエンスにサービスしていく業態が増えている。しかし商業印刷でのサービスをコンビニエンスなショップで対応することはできない。商業印刷はまだまだ十分な専門知識が必要なのである。印刷会社のサービスはこれからも売り方次第で十分売り物になるはずである。




このコンテンツは1996年12月2日に書かれたものです。

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