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<< 第1回

第2回 未成熟なデジタルマーケットに切り込め


●営業力の強化は利益率の低下につながる
 私が印刷業界に身を投じたのは、今から14〜15年前のことである。そのころはまだデジタルという言葉は印刷業界においては無縁であった。一部の印刷機にコンピュータがセットアップされはじめていたものの、大勢を占めるまでには至っていなかった。印刷機に付けられたコンピュータというのは、マシンの制御用のものであって、印刷物の内容には関係がないものであった。印刷機のオペレートは以前ほど熟練を必要としなくなったが、製版工程はアナログのままであり、CEPSの登場ももう少し後のことであったと記憶している。
 そのころの日本の経済は、安定成長期にあった。幾度かの景気の波があったものの、戦後の高度成長期を駆け抜けたあとの一服といった感じであった。別の言い方をすると、日本の経済は低迷していたといえるだろう。
 経済が低迷するのは、高度成長期のように飛躍した商品もサービスがドンドンと現れるといったことがなかったためである。経済が低迷すると、そのバロメータである印刷物の発注も低迷し、印刷業界も低迷していた。
 印刷物の発注が少なくなると、マーケットは拡大しない、もしくは縮小する。しかしマーケットがゼロサムになっても、企業の売上規模をそのまま維持する企業はないから、どの企業も売上の増大を要求する。マーケットが拡大するなかそれに合わせて企業規模を拡大する場合は自然発生的な新規需要が見込めるため、比較的容易に企業規模を拡大できる。しかしマーケットがほとんど変わらないなかで企業規模を拡大するには、他社のマーケットに殴り込みをかけるしかない。かくして売り込み競争が熾烈になる。
 売り込みのうまい印刷会社は売上を増やし、売り込みがへたな印刷会社は売上をダウンさせる。しかしどの印刷会社も印刷物の品質や納期ではほとんど差別化できなくなっているため、価格競争が厳しくなる。したがって売上を増加させても、利益率が下がり、逆に経常利益もダウンすることもある。むしろ営業マンを増やし、営業を強化すると売上の増大に大きなプレッシャーがかかるため、営業マンは売上確保のためにダンピングに走る。
 だから利益率が低下するのは当然のことといえよう。高度成長期にはたとえ最初にダンピングして受注しても、その後の新規需要を受注していけば、利益率を確保しやすいが、低成長期には新規需要の受注が少なくなるので、利益率の回復は一朝一夕ではできない。ダンピングして受注した仕事は正当な利益を生むことなく、企業体質に悪影響をもたらすことになる。 したがってマーケットの成熟期に差別化できる商品やサービスのないまま、営業力を強化することは中小企業にとっては致命傷になるおそれがある。



●成長期から成熟期へ
 伝え聞くところでは高度成長期の印刷会社の利益率は、50%を軽く越えていたという。50%という粗利益率はごく普通のことで、もっと多い印刷会社もザラであったという。
 高度成長期に高収益をあげていた印刷会社はそれ以前に印刷業界のスタンダードだった活版印刷からオフセット印刷にシフトできた印刷会社であった。オフセット印刷にシフトできなかった印刷会社は規模を拡大することなく、活版で名刺やハガキを印刷する街の印刷屋から脱皮することができなかった。
 オフセット印刷は高度成長期に飛躍して普及した。当初は非常に高価なもので、簡単に導入できるような物ではなかったが、導入すると仕事はいくらでもあった。
 いえば今の中国は上海の印刷事情と同じようなものだろう。機械さえあれば印刷の仕事はいくらでもある。営業する必要などない世界である。とくに日本の経済が飛躍して拡大するなか、印刷物の需要も飛躍して拡大した。オフセット印刷機はドンドンとマーケットに導入されたものの、需要が供給を上回り、印刷は儲かる事業だったのである。そしてその時代は広告代理店もまだまだ社会的に認知されていなかったため、印刷会社は最先端の情報産業でもあった。
 いま企業としてある印刷会社の多くは、この時代に縁のあった企業がたまたま株式を上場するような大企業に化けたため、それに伴って、売上を増やし、規模を拡大したところが多いはずである。たいていの印刷会社では売上の上位5社ぐらいでその印刷会社の総売上の8割ぐらいを占めているはずである。そして上位の売上比率の高い企業はかつての成長に、その企業が規模の小さいときから取引をしていた企業のはずである。
 高度成長期に営業に積極的に資源を投下した印刷会社、つまり営業を強化し増員し、営業主体に展開した印刷会社は巨大な企業になったが、多くの印刷会社はリスクを冒してまでの積極的な拡大政策を取らずに、あるがままの受注で満足し、現在にいたっているといえるだろう。
 やがて経済成長が鈍化すると、印刷会社は規模を問わず営業に力を入れるようになった。自然増収があまり望めなくなったからである。得意先の売上が自然に増大し、それに伴って売り上げが増えることが少なくなり、他の印刷会社からの営業攻勢のために受注量が低下したり、受注できても受注価格のダウンを受け入れざるを得ないケースが増えてきたのである。オフセット印刷の設備をととのえ、印刷の専門家であるということはなんら受注活動にアピールしなくなったのである。営業マンを増やし、訪問件数を増やして、新たな得意先を確保することが求められるようになった。
 営業に注力せざるを得ない状況は、オフセット印刷のマーケットが成熟しはじめていることを示している。成熟しつつはあったが、それでも訪問件数を増やして、営業での滞留時間を多くしていけば、新規の得意先は確保できた。むろん受注価格は低下し、利益率も低下したが、売上を増加させることは営業努力によって可能であった。また、受注価格の低下は仕入れを検討することで、原価を圧縮し利益率も確保できなくはなかった。



●成熟市場での営業戦略
 DTPで統合化するとどのようなメリットがあるというのであろうか。
 成熟したマーケットのなかで、多くの印刷会社は川上に向かった。川下の印刷や加工で差別化できない以上、印刷物の川上にあたる企画や制作の部分に業容を拡大するようになった。「クリエイティブ」「マーケティング」「プレゼンテーション」といった言葉が印刷用語のひとつとなり、川上から受注することで生き残りを図ったのであった。
 ランチェスター販売戦略によると、成熟期には販売がしにくくなり、成熟期に見合った販売方法が必要だとしている。
 これを印刷会社の販売(営業)に当てはめて考えると、まず商品(品質)での差別化はできないので、販売価格が下がるだけでなく、営業力で差別化する必要がででくる。訪問頻度を増やすだけでなく、得意先に対して得意先のメリットになるような様々な提案やオファーが差別化の要因となる。
 次に複合的商品の販売によって付加価値を見いだすことである。一般的な消費財ではギフト商品などがこれにあたるが、印刷以外の業務への拡張によって、受注の複合化を図る。印刷会社が川上に進出したり、物流のマネージメントも受注したりして、業容に幅をもたせることになる。
 また成熟期になると、仕上がった印刷物はどこの印刷会社でもほぼ同じような品質のため、印刷物の発注は経済的、合理的要因では決まらなくなる。簡単にいって組みしやすい印刷会社に発注は流れることになる。極端にいうと発注担当者の「好み」で決まってしまうのである。この場合、ほとんどが従来の印刷会社へ発注されるか、もしくは大手の印刷会社に発注されやすくなる。発注担当者にとっては、自分の考えを説明しなくても理解してくれるところや、もしミスが発生しても責任を転化しやすいところに発注するほうがメリットがある。あるいは個人的な余得を期待する担当者もいることだろう。このため既存の得意先は守りやすくなるが、新規の得意先は攻めにくくなる。攻めるにしても、その得意先や担当者の「好み」を掴んだうえで、好かれるような営業戦略が必要となる。
 成熟期の特性には「占拠率が売上の伸び率を規定する」という特性がある。簡単に言うとマーケットの占有率が高いところほど、売上は伸ばしやすくなる。逆にいうと市場占有率の低いところは売上が低下する。これは印刷市場全般というよりも、得意先内でのマーケットシェアを考えると分かりやすい。得意先からの印刷物の全発注量のシェアが高いと、シェアを伸ばしやすくなるが、マーケットシェアが低いと少なくなるかもしくはなくなってしまう。低成長期には多くの企業が社内の事務処理の簡素化するために、取引のあまりない企業との取引はやめてしまうケースが多くなる。
 成熟期には販売に手がかかるだけでなく、営業マージンも低下するのでだんだんと儲からなくってしまう。とくに大口の受注では中小の印刷会社にとっては、営業的に大手の印刷会社と互して戦うのは無理がある。大手は社内資源も潤沢で、営業的に政治力をはたらかせることができるので戦術的には格段に有利となる。中小の印刷会社は今まで培ってきた得意先との人間関係にすがりつくか大手にできないような小回りをきかせるしかなく、大手が本気をだせばたいへん苦戦を強いられる。
 政治力というのは平たくいうとバータービジネスのことなので規模が大きい分だけ大手の方が明かに有利だ。たとえば大手の印刷会社が地方に支店を作るとき、まずその地方を拠点とする銀行の口座に1億円(?)ぐらいを預金するのだそうで、そうするとその銀行は簡単に大手の印刷会社と取引の口座を設けてしまう。あるいは得意先の商品を大量に買い込んだり、大口の取引を紹介したりする。そうして中小の印刷会社は利益を生みにくくなり、じり貧となっていく。



●デジタルでしかパラダイムシフトできない
 印刷会社が、とくに中小の印刷会社が高収益の体質をつくるには、パラダイムをシフトするしかない。かつて印刷のメインストリームが活版からオフセット印刷にパラダイムをシフトさせたように今までにないやり方を探り出して、新しい枠組みを構築する必要がある。
 商業印刷の分野では長らくオフセット印刷が市場を支配したが、この20〜30年の間には技術的には目を見張るような変化はなかった。印刷機の回転数が高速になり、オフセットの輪転機も登場したが、ほとんどが今までの技術の延長上でしかない。デジタル化こそがニューパラダイムなのである。
 デジタル化のメリットは、第一に投資コストが少なくなることにある。従来であれば機械設備を導入すれば、それなりの規模の投資が必要であった。製版の設備にしても、印刷機の設備にしても、本格的に導入すれば固定費が重くのしかかってくる。設備の導入によって仕事量の確保は至上命令となり、仕事が充分にあるうちはいいものの市場のパイが小さくなると、否応でもダンピング受注に追い込まれる。順調にいけば利益が見込めるが、設備投資にともなうリスクは非常な大きいといえる。
 ところがプリプレスのデジタル化は従来の製版の設備と比較して、思いのほか少額の投資で可能となる。そのため新規での参入がしやすくなる。参入が増えるとハードウェアでは勝負できないため、ソフトウェアに比重がかかることになる。ソフトウェアというのはアプリケーションソフトウェアのことではなく、安いハードウェアをうまく組み合わせて、ビジネスにするマネージメントのことである。システムの構築や工程管理が重要で、MacintoshでCEPSとほぼ同等の結果を生み出すことである。
 こうなっていると、設備より人的資源に比重がかかる。DTPに通暁した社員をいかに抱えるかで勝負が見えてくる。
 第二にいえることは、DTPを含むデジタル化の最先端技術はたえず進化してだけでなく、どんどんと拡がりを見せていることである。そのため最先端の技術やノウハウを身に付ける必要があるだけでなく、それらの技術やノウハウが蓄積していける社内体制が必要となってくる。しかし昨日の技術やノウハウも明日になれば時代遅れとなるかも知れない。あした登場する新しい技術やコンセプトで市場が一変することだってありうるのだ。マーケットに取り残されないようにするには、全ての固定観念を放棄しなくてはならない。「これで完成だ」ということはなく、新しい技術やコンセプトを貪欲に吸収する意志が必要となってくる。
 変化に柔軟に対応するのは、大企業よりも中小企業の方が向いているだろう。DTPも当初大手の印刷会社はまったく対応していなかった。意欲的な小さな会社の方がデジタル化を積極的に進めていた。重要なのは企業の規模ではない。意思決定の素早さであり、行動力の有無なのである。企業規模が大きくなると意思決定に煩雑に手続きが必要となり、慎重にならざるを得ない。そうすると世の中の大勢を見極めてからということになる。中小企業でも意思決定が優柔で行動力に欠けるところは確実に取り残されるだろう。しかし、リスクヘッジを睨みながら、とりあえず行動できるというのが小さな会社の長所であり、そのメリットを生かせばデジタル化は中小の印刷会社にとっては間違いなく福音となるはずである。



●印刷からデジタルプリンティングへ
 DTP化へと向かう要因には大きく分けて二つの要因が考えられる。
ひとつは印刷物の高品質化と高サービス化への要求である。これはどの業種にもある普遍的な要因である。世の中が便利になっていくには全てのモノやサービスが、よくなっていくことは論をまたない。印刷物も例外ではない。
 デジタル化することで、制作物の品質、納期の短縮、販売価格の低下、少ロットへの対応が可能となる。供給が需要を上回ったため起こる激烈に競争から身をかわすことで、高品質化と高サービス化を満たしながらも高収益をあげる可能性を見いだすことができる。
 もうひとつの要因はメディアの多様化、すなわちマルチメディアの出現である。
 世の中が成熟するにしたがって、モノが多様化するだけでなく、販売手法も多様化した。訴求方法をマルチにすると説得力が増すかどうかは知らないが、五感をフルに使ってコミュニケートするほうがより自然な方法であり、人間的である。
 マルチメディアは今まで一対多でしかなかったメディアの在り方を一対一に可能とすることを特徴とする。そのためにはデジタル化は不可欠なのである。大量の情報をストックし、その中から必要な情報をすばやく取り出すには、デジタルしかない。全ての情報がデジタル化される以上、印刷もデジタル化されるのは至極当然のことである。
 印刷のデジタル化という分野は、マーケットとしては成長期にある。何が成長しているかのというと、MacintoshをフロントエンドにしたDTPのシステムこそが成長している。特にPostScriptの出力機の成長は著しい。製版と取って替わろうとしているイメージセッタの成長ぶりにはめざましいものがある。出力機の販売台数もうなぎのぼりの勢いで、アナログの製版が姿を消す日も秒読みの段階といっていいだろう。
 そして印刷会社の成長の鍵も、イメージセッタでのフィルム出力の中にある。
 このイメージセッタのマーケットも近いうちに飽和することは明かである。やがて溢れかえった出力機はダンピングを始めることだろう。
 現在は出力するということが、マーケットのテーマとなっている。いまならそのままでは出力できない様な不完全なデータを入稿して、フィルム出力できるようにしていけば、受注は確保できるだろう。しかし、マーケットが飽和すると受注のウエイトは販売に、つまり営業にシフトする。 印刷の次に来る時代は、営業主体のマーケットである。営業マンがしっかりとしたデジタルの知識を持ち、得意先にアプローチできるかどうかで受注を増せるかどうかが決まる。。しかもフィルムの出力だけでなく、CD-ROMやインターネットなどのデジタルパブリッシング全般についてのスキルが要求されるだろう。
 医薬品のパッケージにターゲットを絞り込んだある印刷会社では、営業マンのその鞄の中に薬事法を持ち歩いかせていたという伝説がある。営業が薬に強くなり、そのことによって得意先のあるいは業界の信頼を勝ち取ることで医薬品のパッケージのマーケットを制しようとしたわけである。
 印刷会社がデジタルパブリッシングという未成熟なマーケットを勝ち取るには、成長期から成熟期へと向かう時に、質のいい営業マンをいかに育成できるかにかかっているはずである。その時こそが営業力強化の時である。




このコンテンツは1996年6月17日に書かれたものです。

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