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第6章 安売りの罪と罰

■流通の仕組みは制度疲労か?
 少し前までは潰れないと思った金融業界が激震に見舞われましたね。国の施策で守られていた金融業界や建設業界が、規制の緩和のため選別されていくのは当然かも知れませんが、最近は大手の流通業者も危機にひんしています。
 流通業は競争が激しそうですけど、実際にはそうではなかったというわけですな。そごうとかダイエーといったところが、明日をも知れない企業になってしまったわけです。
 実際には小売の流通業も大店法で守られていたということもあり、それほど自由競争にもまれていたわけではありません。時代の流れの中で、役目が終わっていくのは仕方がないことかもしれませんな。
 だいたい、この世にはじめて百貨店(デパート)が生まれたのは、十九世紀の半ばと言われています。ですから、総合小売店みたいな業態がこの二十世紀末まで生き延びたほうが奇跡に近いといえるかもしれませんね。
 初めての百貨店は、フランスはパリで、ブシコーという夫婦が「ボン・マルシェ」というデパートを「発明」したと言われています。いまから百五十年も前ですよ。そんな時代にすでに、欲望をそそらせるウィンドー・ショッピングというライフスタイルを生み出し、バーゲンセールを行なっていたわけですね。バーゲンも年間スケジュールが決まっていて、客寄せの目玉商品もちゃんと用意していたんですね。
 もちろん薄利多売で、産地からの直接仕入で、手頃な価格でどんなものでも販売していました。そうそうカタログを作って通信販売もしていたりしますね。しかも売り場ごとの独立採算性をしいて、そのうえ店員教育はマニュアル化されていました。マクドナルドも真青ですな。
 はっきり言って今の流通業界でやっていることで、このボン・マルシェがやっていないことはないといっていいくらいです。それくらいボン・マルシェは「進んで」いました。だから、逆に言うと、百五十年前と同じことをやって飯を食っている流通業界は、それだけ進歩していないといっても言い過ぎではありませんな。
 日本で流通業界に変革をもたらしたのは、鉄道事業を補完するために、ターミナルデパートという戦略を実行した小林一三が最初だろうと私は思いますね。彼は、都心に阪急百貨店というターミナルデパートを、もう一方のターミナルに宝塚歌劇というアミューズメント施設を、そしてその間は宅地開発で、当時増えつつあったサラリーマンの住宅を提供したわけです。要するに鉄道という事業だけでは、旅客が増えないので、デパートや娯楽施設や住宅というものを組み合わせていったわけです。
 もう一つはイトーヨーカ堂のPOSですな。POSによって今売れているものを把握し、今売れているものを今すぐに売り場に並べるという方法でしょう。これはコンピュータの発展なくしてはありえないやり方ですな。
 まあでも、私が思いつくのは、そのくらいですな。やっぱりね、この百五十年間あんまり変わってないぞ、と強く感じます。だから、流通の在り方が変わっていくのは当然ではないかと思いますな。
 進歩的なイトーヨーカ堂でも、経常利益では、なんでもないものを普通に売っていいるユニクロに抜かれたりする時代です。どんな売り方をするにしても、時代に合わせて売り方も変えていく必要があるわけです。売り方にも寿命があるわけですな。

[下記のトピックに続く]

■安売りだけでは能がない
■安売りは何時か自分の首を絞める
■安売りだけでなく付加価値を付けよう
工学社/Professional-DTP誌 2000年12月号所収



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